時代は道家に傾くのだろうか・・・2

八十九です

時代は道家に傾くのだろうかの二回目ですが、切り口は仏教ということになります。

道家(荘子)を考えるのに仏教?と感じられる方もいらっしゃるでしょうが、しばらくお付き合いください。


老子の形而上学的根本理念といえば、「道:タオ」です。この「道」とは、言語での解釈を超えた理念であり、万物の根源だからこそ、そもそも名づけもできないものであって「道:タオ」というのも仮の呼び名でしかないのだ、ということです。

老子は「天下にある万物は有(う)より生ずるし、有は無より生ずる」としています。この場合の「無」は、「道:タオ」同様の根源的な実在の意味になると思われます。

要するに私たちが認識可能な個々の存在は実体を持たず、仮の世界として構築されたものであり、つまりは虚構の存在なのだ。すべてのものは究極的実体としては、「道:無」に帰るという意味で、同一だということになるのでしょう。

だとすれば、私はこじつけたい。そうです滅茶苦茶こじつけたい。これは荘子の仮想現実っぽい”胡蝶の夢”というフィルターで見れば何かが投影されているような・・・いないような気がします。

さてさて、そこでです。老荘思想は、超越的理念(大陸的神仏観や運命)と一体化するような「修行」を一切、排していました。そのような人為的な作業(流れに身を任せない行為)を排して、超越的理念にひたすら随順することを志向する、いわゆる「無為」を目指しています。

だとすると老荘の「道」は、とにかく実存を秩序づけるという意味においてのみ、孔孟の「天」と変わらないわけで、インドからやってきた仏教はこのような「現実肯定」的志向を持つ思想風土の中で、小乗から大乗へと変貌したのかもしれません。その前提で道家の「無」と仏教の「空:般若心経」が重要な役割をになったのかもしれないなあ・・・と感じるのです。

中国への仏教の伝来は紀元前後、キリストの誕生の前後百年くらいだと推察しますが、経典の翻訳作業のとき、般若経系の「空」の観念は老子・荘子の「無」によって解釈されることになります。


中国文化と異質な仏教の経典が伝来してきたとき、その理解の助けとなったのが老子・荘子の思想になるということなのでしょう。そして、「空」の理解にいちばん近いのが「無」というのも理解できます。今回はここまで。

荘子ってなあ・・・第二話”美しい女と河の神への生贄”

Aさん「お前さんの娘と違って、うちの娘は美人だぞ」

Bさん「そりゃ、なんとも可哀そうだ」

Aさん「お前さん、うちの娘に嫉妬しているな」

Bさん「え?まさか、あんたの娘には感謝しかない」

Aさん「へっ!!なんだい嘘つけ」

Bさん「いやいや嘘じゃない。郷のみんなが感謝している」

Aさん「お前さん何が言いたい」

Bさん「県令と司祭のお達しで、河の神への生贄は郷で一番の美女だそうだ」

※醜いものは神への貢物にはならない。だからこそ命を全うできる。荘子の言う「無用の用」は一つの価値観しか認めない世の中をバッサリやりますよね。