竜胆です。
先日、京都の萬福寺へお参りした記事を書きました。
その時に天王殿の仏さまからお聞きしたお話です。
八十九が天王殿の布袋さまに手を合わせた時です。
布袋さまの言葉に「?』となりつつ、失礼な問い返しもできず、四方におられる四天王さま方に順に手を合わせていきました。
あのモノは元は人間でな、ここにおったんや。
(? だれのこと?)
ここで死んだんや。
(へ??どういうこと?)
成仏できずにな、さまよっておったんや
(???何のことやろ?)
あかん存在になっとったんや
(????あかん存在?どういうこと?)
四天王さまからもそれぞれお言葉がありましたが、ますます「?」が増えてわけ分からんことに💦
最後に布袋さまの裏側におられる韋駄天さまの元に行くと、
わけ分からんやろ?
わたしがまとめて説明するわ。
ということで韋駄天さまが説明してくださいました。
何やら触発されてイラストを描きました。(めちゃアナログの色鉛筆画です)
昔、ある男がいた。
あるとき男は家族を捨てて逃げた。

逃げて行き着いた萬福寺で寺男として働いた。

ここで男は死んだ。
家族を捨てて逃げた自分を許すことができず、男は成仏できなかった。

成仏できずに留まるうちに人間だった男は鬼になった。
いや、正確にいうと、鬼のような存在になってさまよった。

その鬼もどきが、私たちの元に“小鬼ちゃん”のフリをして近づいてきた。。
そうなんです!
先日、小鬼ちゃんのフリをしてやってきたあの鬼もどき、彼のことだったのです!
昔、萬福寺の仏様方は寺男として働いていた男が鬼もどきになってしまったことに心を痛めておられたようです。

私たちが面倒を見ているというより、八坂の牛頭天王さまが見てくださっているので💦
と、お返事させていただいたのですが、
いや、そうではない。お前たちが関わってくれたことに意味があるんや
というようなお話でした。
ビックリです!
鬼ちゃんのことについての過去記事はこちらです。
厳密に言うと鬼もどきだった鬼ちゃん、人間だった時の名前も聞きました。
でも、その名前は捨てて、『鬼』として修行するそうです。
鬼ちゃん、今は小鬼ちゃんたちの元で修行しています。しょっちゅう失敗をして牛頭天王さまや小鬼ちゃんたちに叱られていましたが最近、ようやく落ち着いてきたようですが。。修行は続くようです。
人間も、成仏できずに留まると鬼のような存在になってしまうこともあるんだと言うことを知りました。
そして、人生でいろいろやらかしてしまったとしても、自分を許すことは大切だということも。
自分以外の誰かも許すことが大切。
“執着は手放す”ことが大切なのですね。
うーん。。分かってはいてもムズカシイ。。








あのモノの面倒をみてくれているんやなぁ。